FC2ブログ
Johnny
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. Edit
  2. Permalink
猫とのろける
dorikoさん作曲の初音オリニジル「ロミオとシンデレラ」。
最初聴いたとき、マイリス率コメ率タグの質量ほど個人的にはピンと来なかった。素敵な歌詞でサビも嫌いではないけれども。結局万人向け的な。
(非難しているわけではなく、あくまで個人的に。)
でも某方のアナザータイトルが出たとき、その歌詞のクオリティに圧倒。
原曲で「大きな箱より 小さな箱に幸せはあるらしい」という歌詞に対して、「大きな箱より 小さな箱に入れって無茶な話」というアンサーが素敵過ぎた。よりによってなぜこの部分に突っ込むのか、他にもっと良い部分あるだろ、と首を傾げる人が多いかもしれないけど、この部分に登場人物の愛情を感じるなあと思ったわけで。
この歌詞の意味を綴るのは野暮な気がするのであえて書きませんが。
近頃ちょっとハマってる曲の話でした。

平日にも関わらず、なにもかもをサボって一日中引きこもっていました。
語るほどの理由はないけど、なんとなくで済むものでもないので、なんといったらいいか。
とにかく、今日は外に出たくなかった。誰にも会いたくなかった。
ゲムもネットもせず本も読まず、ベッドにもぐって、本当に夕飯までずっと寝てて、仕事から帰ってきた母に「昼ご飯食べてないじゃん」って言われて、そこで初めて朝から何も食べていなかったことに気付く。
お夕飯はカレーでした。お腹いっぱいの後、芋羊羹食ってお茶で団欒。
家族とこうして話をするのは楽しい。

そういえば、猫様はいつも帰ってくる私を出迎えてくれるんだけど。今日の私は家に居たくせにずっと部屋に引きこもっていたので、夕飯まで猫様と顔を合わせていなかった。夕方頃に私が階段から降りてくると、玄関で待ち構えていた猫様がこっちを見て「え!?」って顔したので大笑いしてしまった。
きっと私がこれから帰ってくるとでも思っていたのね(´∀`*)
ものすごく面白くて、可愛いやつめ!と頭をぐりぐり。腹をわしゃわしゃ。当然の如く引っかかれました。
この家から私がいなくなって一番寂しがるのはきっと猫様なんだろうなあ、と思うとちょっと泣けた。
彼は私が自立しなければならないことを理解出来るのだろうか。きっと出来ないだろうなあ。 以前、某動物番組で、家族の中でお母さんにしか懐かない猫の話があって。
その猫は、お母さん以外の人にはうなったり引っかいたりして、とにかく酷い暴れようだった。
大学進学のためそれぞれ家を出て行った娘さんたちも、家を出る前はそうでなかったのに、猫が突然こういった態度をとるようになってすごく謎だった。

犬だと、だいたい人間との主従関係が間違っているとかいう理由が多い。でも猫だからそんなことはほとんど関係ない。

原因は、その娘さんたちが自立していったことにあった。
その猫は家族がすごく好きだったのに、突然みんな家を出ていなくなってしまって、それを自分のことが嫌いになって出て行ったんだと思ったらしい。
そういう理由を聞いて、泣いた。
自立しなければならない理由を猫は知らない。そういう概念は猫にはないから理解できない。
でもそれを“自分のことが嫌いになったんだ”と思われるのは、残された猫ほどじゃないけどものすごく悲しい。
結局、娘さんたちは猫に対して「嫌いになったんじゃないよ。ちゃんと大好きだよ」と話かけてスキンシップをとってあげたら、その猫は暴れることはしなくなった。
動物に概念はないけれど、感情の理解はできるんだと思った。

もし私がこの家からいなくなって、猫様がそうなってしまったら、なんて考えて、勝手に悲しくなって、それを紛らわすように猫様にちょっかいだして遊んでいる。
私の自立後の生活が安定したら猫様を引き取る、なんていう話は無謀で、お金とか生活とか留守番のたびに与えてしまう孤独感とかの問題以前に、猫様はきっと家族全員でこの家で暮らすことを望んでいるんだろうなあと思う。
でも兄にはもう向こうでの生活があるし、私も将来的にはこの家を出ていかなければならない。
実際に、家族全員が集まって団欒する日がきたとしても、それが何十日も続くわけにはいかない。
飼われる動物って、家族同然なのに、結局残されてしまう存在なんだなあ。
ある意味では、人間が看取る側になるので、こちらが残される存在でもあるけれど。

そんなことを考えていた。
  1. Edit
  2. Permalink
  3. コメント:0
この記事のコメント
コメントの投稿









:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。